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「な? だから俺達はもう無理なんだよ。このまま一緒にいれば、きっと俺は君の胃袋の中に納まって、君は猟奇殺人犯としてムショ行きだ。これはけして俺のためだけじゃない。俺と君、二人のためなんだ」
いまだ裾を離そうとしない彼女に、俺は微笑みを浮かべると努めて穏やかな口調で、幼子を諭すようにそう言い聞かせる。
「なら約束する! もう噛んだり、血を吸ったりしないから! 食べたくなっちゃってもただそのパリパリ触感がおいしそうな皮膚を舐めるだけにするから! だからお願い! そんな別れるだなんて言わないで!」
しかし、彼女は溜まった涙を両の目から溢れさせ、今度は俺の腕にしがみついてなおいっそう大きな声で駄々を捏ねる。
……いや、食べられないとしてもそれはそれで嫌だしね……それに、いつそのままガブリ! とされかねない寸止めの恐怖なんてもっとまっぴらごめんだ!
「いいや。どんなに頼まれても俺の心は変わらない。もう、決めたことなんだ。頼むからわかってくれ。俺なんかよりイイ男は世の中いっぱいいる。もっと君にぴったりな相手がきっと見つかるはずさ……あ、いや、そいつも食べちゃだめだけどね……」
「……グスン……わかった……そんなに言うんなら、あなたのことは諦める……」
それでも、しがみつく彼女の白く可憐な手を握り返し、熱っぽく潤んだ瞳を見つめながら懸命に説得を試みる俺に、ついに頑なだった彼女もわかってくれたようだ。
「……グスン……だから……グスン……最後に一つだけ……あたしのお願い聞いてくれる?」
溢れ出す大粒の涙を手の甲で拭いながら、無垢な少女のように必死で嗚咽を堪えるその姿に、俺ははからずもカワイイと思ってしまった。
確かに何度も喰われそうになって、今や恐怖の対象以外の何ものでもないのだけれど、最初は俺だって好きだからつきあい始めた相手だ。
その〝食人趣味〟さえなければ、なにも好き好んで別れようだなんて俺も思わなかっただろう。
別れ話を切り出しておいて、こんなことを言っても信じてもらえないかもしれないが、今でも彼女を憎からず思う気持ちは俺の中にあるのだ。
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