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部屋から出る瞬間、彼女は言った。
「先生は、先生なんだよね」
そのまま、廊下を駆けていってしまった背中を、僕は必至で追いかけた。醜くも、言い訳じみた言葉を繰り返しながら。
「違うんだ……! 僕は、僕は!」
去り行く背中を見つめながら、思う。
僕に足りなかったのは何だろうか。
思いやり、機転、演技力、覚悟……愛情? もしくはその全部。
もうすっかり暗くなっていた廊下を、走る。その先、非常灯だけが点いたほの暗い玄関に、彼女はこちらを向いて立っていた。
待っていて、くれたのだろうか。その事実に希望を見出し、僕は一歩踏み出す。
しかし、僕と彼女の距離が埋まることはなかった。彼女もまた一歩、退いたからだ。
これが、二人の最終地点なのだ。僕が求めて、彼女が定めた。
高島冴耶が、背中を向けた。半分だけこちらをみて、横顔だけをのぞかせている。
肉食獣のような瞳と目が合った。
「さよなら」
背中が、風になびく黒髪が、遠ざかっていく。宵闇に小さくなって、溶ける。
もう聞こえていないかもしれない、それでも僕は言わずにはいられなかった。
「……さよなら」
それが、彼女と交わした最初で最後の挨拶だった。その瞬間僕には、なぜ彼女がいつも去り際黙っていたのかが分かった気がした。
さよなら。
それは別れの言葉……。
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