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夜半の惨劇
御影石を積み上げられた石垣の上に、青々とした桧の生け垣が植わっている。それらに囲まれた屋敷の庭園。玉砂利を男は踏みしめ、夜空の群青を劈く月を見上げた。
「今宵の月は綺麗に昇っているな。灯りが要らないかと思うほどだ」
燕脂色の甚兵衛に身を包んだ着た男は年の頃、四十を過ぎたぐらい。老いも見えるが、その着こなしには、若い頃の鯔背さが見て取れる。しゃんと伸びた背で、縁側に足を投げ出す少年を見下ろす。
「依光。顔を上げろ。いい月だぞ」
依光は俯いて、顔を墨で塗りつぶしている。震える手には、脇差しが握られていた。月光を反す銀の刃。
「依光、決めたことだ」
男は声のうちに、少しだけ寂しさを忍ばせた。依光は、それを高い鼻ですうっと吸い込むと、奥歯で噛み潰した。しばし訪れた静寂。ざわざわと風が松の木や生け垣を撫でる音だけが木霊する。
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