3、女心をくすぐる営業マン、仁

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時刻はすでに12時を回っていた。 「あ、そろそろ終電だから行かなきゃ。」 千秋が時計を見ながら言った。 千秋は立川にある実家に住んでいる。 渋谷の夜は、終わることを知らない。 どこへ行き交うのか、あちこちから人が流れ、それは信号が赤になった時にしか、止まることを知らない。 スクランブル交差点で信号待ちをしていると、大型スクリーンから大雨の音が聞こえてきた。 夜の大都会を連想させるような、大きなビルが建ち並んだ街に降る大雨。 それがゆっくりとぼやけると同時に、サウンドは雨音から軽快なジャズに。 そして映像は、高層階でのホームパーティーを連想させるようなものへと変わり、赤いドレスを着た、パーティのホストらしき綺麗な女性が、ゲストにチーズとクラッカーを振る舞い、グラスに赤ワインを注ぐ、といったワインの広告だった。 「今日からやってるよね。どこのだろ?」 千秋が言った。 「Cの。」 すかさず仁が答えた。 Cとは競合の大手広告代理店のことだ。 今度のアンベリールのコンペにも名前が挙がっている。 「飲料のチームでもないくせに、よく知ってるね。」 千秋は感心するように、目を丸くして仁を見て言った。     
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