※30、雨落ちれば

18/44
364人が本棚に入れています
本棚に追加
/569ページ
雨はいつの間にか止んでいて、窓の外を落ちていく雨粒が、静かな夜に音をつける。 お互い先の会話を進められず、いつもそうするように、冷めきったすき焼き丼を温め直して食べ、デザートには私が好きなコンビニのシュークリームを食べた。 あの大雨の中、わざわざこのシュークリームのために立ち寄ってくれたと思うと、いつもよりも幾分美味しいような気がした。 これからのことも、LAのことも触れたくなかった。 一緒にいれる今の時間を、ただちゃんと過ごしていたい。 でも、思い通りにはいかないもの。 仁の後ろで私の携帯が鳴り、私たちは目を合わせた。 無機質に鳴り響く着信音の相手は柴田君だった。 出ようか迷ったが、ここで出なければ何か隠しているような気がして、私は覚悟をして電話に出た。 『(うち)、来なかったんですね。』 いつもと何も変わらない落ち着いた口調。 テレビも音楽も何もついていないし、きっと柴田君の声が聞こえたのだろう。 仁は立ち上がると、トイレへと姿を消した。 私が柴田君に弱い部分を見せ、甘えていた事実。 一緒にいると考えたくないことを消してくれたし、偽りだったとしても、愛されるっていう感覚を思い出させてくれた。 でも、瞳の奥は見透かせなくて、本当は明智原浩二だと素性を明かされても、結局私がどこまで彼のことを理解していたのかは、さっぱりわからない。 この関係が長く続かないことも、上手くいくはずがないことも、仁に対する気持ちがなくならないことも、全部わかっていたはずなのに。 なのに覚悟を決めると涙が出てくるのは、私の涙腺がおかしくなっているのか、それとも、女とはそういう生き物にできているものなのか。 「・・・ごめん。 でも、もう何も期待しないで。 ・・・何もない関係に、戻ろう。」 言葉の意味を理解しようとしているのか、長い沈黙が続いた後に『わかりました。』と言った。 付き合ったわけでもなければ、私たちの関係が一体何だったのかもよくわからない。 好きだったのか、それともただ、寂しさや葛藤を潰し合っていただけなのか。 『最後に、何も言わなくていいから聞いてくれますか?』 私は鼻をつまらせたまま「うん。」と答えた。 『あの夜、俺は本気であなたと一緒になりたいと思った。 俺なりにあなたを愛してました。 例え、短い関係だったとしても、俺はあなたから色んなことを気づかされた。 だから・・・ありがとう。』 ひとつひとつ丁寧に発せられた声は、ホルモンバランスが乱れている私の心を簡単に揺さぶってしまう。 流れる涙は、きっと自分に対する同情心なのだろう。 自分が情けなさすぎて、苦しかった。 電話越しに泣く私が落ち着くのを待つと、『ではまた来週、同行お願いしますね、真淵さん。』と言われ、電話は終わった。 私が発した言葉は僅かだったが、泣いている声は間違いなく聞こえていただろう。 仁の気持ちを考えると、冷静な態度で電話をすべきだったと思う。 泣くなんて、もっての外だろう。 わかっているけど、そんな振る舞いを考える余裕なんて、もうなかった。 これが本当の、ありのままの私の姿。 幻滅されてしまったのなら、もう全て諦めるしかないだろう。 でも、それさえも受け入れる覚悟はできていた。 失っていたのはきっと、私自身だった、それに気がついたから。
/569ページ

最初のコメントを投稿しよう!