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雨はいつの間にか止んでいて、窓の外を落ちていく雨粒が、静かな夜に音をつける。
お互い先の会話を進められず、いつもそうするように、冷めきったすき焼き丼を温め直して食べ、デザートには私が好きなコンビニのシュークリームを食べた。
あの大雨の中、わざわざこのシュークリームのために立ち寄ってくれたと思うと、いつもよりも幾分美味しいような気がした。
これからのことも、LAのことも触れたくなかった。
一緒にいれる今の時間を、ただちゃんと過ごしていたい。
でも、思い通りにはいかないもの。
仁の後ろで私の携帯が鳴り、私たちは目を合わせた。
無機質に鳴り響く着信音の相手は柴田君だった。
出ようか迷ったが、ここで出なければ何か隠しているような気がして、私は覚悟をして電話に出た。
『家、来なかったんですね。』
いつもと何も変わらない落ち着いた口調。
テレビも音楽も何もついていないし、きっと柴田君の声が聞こえたのだろう。
仁は立ち上がると、トイレへと姿を消した。
私が柴田君に弱い部分を見せ、甘えていた事実。
一緒にいると考えたくないことを消してくれたし、偽りだったとしても、愛されるっていう感覚を思い出させてくれた。
でも、瞳の奥は見透かせなくて、本当は明智原浩二だと素性を明かされても、結局私がどこまで彼のことを理解していたのかは、さっぱりわからない。
この関係が長く続かないことも、上手くいくはずがないことも、仁に対する気持ちがなくならないことも、全部わかっていたはずなのに。
なのに覚悟を決めると涙が出てくるのは、私の涙腺がおかしくなっているのか、それとも、女とはそういう生き物にできているものなのか。
「・・・ごめん。
でも、もう何も期待しないで。
・・・何もない関係に、戻ろう。」
言葉の意味を理解しようとしているのか、長い沈黙が続いた後に『わかりました。』と言った。
付き合ったわけでもなければ、私たちの関係が一体何だったのかもよくわからない。
好きだったのか、それともただ、寂しさや葛藤を潰し合っていただけなのか。
『最後に、何も言わなくていいから聞いてくれますか?』
私は鼻をつまらせたまま「うん。」と答えた。
『あの夜、俺は本気であなたと一緒になりたいと思った。
俺なりにあなたを愛してました。
例え、短い関係だったとしても、俺はあなたから色んなことを気づかされた。
だから・・・ありがとう。』
ひとつひとつ丁寧に発せられた声は、ホルモンバランスが乱れている私の心を簡単に揺さぶってしまう。
流れる涙は、きっと自分に対する同情心なのだろう。
自分が情けなさすぎて、苦しかった。
電話越しに泣く私が落ち着くのを待つと、『ではまた来週、同行お願いしますね、真淵さん。』と言われ、電話は終わった。
私が発した言葉は僅かだったが、泣いている声は間違いなく聞こえていただろう。
仁の気持ちを考えると、冷静な態度で電話をすべきだったと思う。
泣くなんて、もっての外だろう。
わかっているけど、そんな振る舞いを考える余裕なんて、もうなかった。
これが本当の、ありのままの私の姿。
幻滅されてしまったのなら、もう全て諦めるしかないだろう。
でも、それさえも受け入れる覚悟はできていた。
失っていたのはきっと、私自身だった、それに気がついたから。
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