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少しだけ歩いたところで「理沙。」と名前を呼ばれると、路上にも関わらずぎゅっと抱きしめられた。
「ふー・・・。
やっとくっつけれた。
気取んないで普通に焼き鳥とかにしとけばよかった。」
「あの・・・さすがに外でこれは恥ずかしいんですけど。」
「そう?
その割には全然抵抗してないですけど?」
胸を押そうとすると、抱きしめる力をさらに強められ、恥ずかしくて顔が赤くなるのがわかった。
「ちょっ・・・!
どこかにクライアントとか社員がいるかもしれないよっ?」
「いいよ、別に。
誰に見られてもいい。
好きなんだからいいじゃん。」
冗談で言っているのではないらしく、抱きしめる力を緩める気はないらしい。
人通りは少ない道だけど、全くないわけではない。
そろそろ本気で力を入れて仁を押そうと思った時だった。
「ごめん。
やっぱり俺LAに行くことにした。」
そう言うと、ゆっくりと仁は体から離れた。
「取り下げを申し出てすぐに和田さんからご飯に誘われてさ。
色々相談させてもらった。
キャリアのこととか、人生のこととか、理沙のことも。
でも、別に和田さんに説得されたわけでも、LA側が取り下げを拒否したわけでもない。
俺が決めたんだ。
やっぱり行こうって。
俺さ、自分が広告代理店に務めていながら、自分で自分の仕事に疑問を抱き始めてる。
特にSNS広告が一般的になっている今、日本の広告の在り方がこれでいいのかなって。
もちろん俺らはマルバタイジングとは一切関係ないけど、広告自体がそういう使われ方をされているという事実には、ちゃんと向き合うべきだと思うんだ。
大学時代の友達にもSNSの危険性を見直す会社をやってる奴がいて、この前行った時に話したんだけど、色々アメリカと日本では意識が違って興味深くてさ。
だからその辺ひっくるめてアメリカで知識を得て、日本でもっと安全な広告業界を作っていきたいと思ってる。」
真剣な表情で語られたのは、仁の熱い野望だった。
今まで仕事の話は日常茶飯事にしてきたけれど、こういう大きな話をするのは初めてだった。
「今回のLA行きを見送ったら、多分俺に同じようなチャンスは訪れない。
だから、やっぱり行こうと思ってる。」
「・・・そっか。」
いざ言われると、きっとすごく寂しい気持ちになるのだろうと心構えしていた。
でも、不思議なことに、そういう気持ちよりも、自分のやりたいことが明確で、やっぱり直向きに前を見ている仁を応援したいという気持ちの方が強かったのかもしれない。
きっと私は今、自然な笑顔を向けれているはずだろう。
「うん、私も仁は行ったほうがいいと思う!
絶好のチャンスだもん。
きっと色んなことを学べるよ。」
今だけでも、少しの間だけでも、特別な存在でいることができるなら、それでいいじゃないか。
さっきよりも、さらにきつく抱きしめられ、今度こそ全く身動きが取れそうにない。
「・・・ありがとう。」
心を込めてゆっくりと言われると、やっぱりこうやって応援できる気持ちでいれてよかったと思える。
仕事柄、いつも営業たちをサポートしながらいつも頑張れと近くで応援しているからか、これも自然なことかもしれない。
そう、仁のためには、これでいいんだ・・・。
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