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「大丈夫?」
ゆっくりと声をかけながら屈むと、うっすらと目が合った。
ずっと避けていたのに、目が合うだけで私の警戒心は強まる。
「あぁ・・・、真淵さん。
ちょっとフラッときたんで、休んでます。」
抑揚のない弱々しい声に、表情からも疲労が蓄積されているのがわかった。
BJワールドワイドでの仕事もだが、プライベートの方も、専務や結婚の準備等々、きっと目まぐるしい日々を送っているに違いないのだろう。
「今日は帰って休んだら?
手伝えることがあればやるから。」
やつれた顔がふっと微笑み、会社で演じている柴田君という仮面を外そうとしていることに気づく。
「営アシとして言ってるだけだけだから。」
冷たく言い放ったつもりなのに、相手は微笑んだまま頷いた。
「わかってますよ。
お気遣いありがとうございます。
でも、まだ自分でやらなきゃいけないことも多いんで、一休みしたら戻ります。」
「薬とか、いるんだったら買ってくるけど。」
首を振ったので、「それじゃあ」とさっさと立ち上がろうとした時だった。
手首をぎゅっと引っ張られ、瞬時に明智原君が蘇る。
「俺と星野さん、どっちの方が気持ちよかったですか?」
誰もいないとはいえ、社内で急にこんな質問を投げかけられた驚きで声が出なかったのか。
それとも、私が気にしていたことに、何の躊躇いもなく聞いてきたからか。
頭がカッとなってるのに、言葉を出せずにいると、相手はどんどんと言葉を進める。
「なんで即答しないんですか?
もしかして、まだそういう関係になってないとか?」
悔しさと怒りで震えるのに、何と言えば黙らせられるのか、咄嗟に言葉を選ぶことができない。
「離して。
大声出すよ。」
「あなたのことが忘れられない。」
掴まれた腕を振り解こうとしても、男の力には叶わない。
そして、真っ直ぐな眼差しを向けたまま続けた。
「俺、キョウコじゃできませんでした。
いい加減、形だけでも築いておかないとと思って、親たちが勧めてくるプランに沿って2人で温泉に行ったんです。
これ以上キョウコを待たせるのも申し訳なくて、やろうと思ったんですけどね。
裸を前にしても何も感じなくて。
できなかった。
結婚寸前の婚約者ですよ?」
最低な男だとしか思えなくなっていたのに、同情心なのか、聞いていて心がズキズキと痛んでしまう。
「俺の人生はそろそろゲームオーバーです。」
ぱっと手が離されたのに、心が重いせいか、さっと動けない。
「寂しい時、俺がいますから。
いつでも連絡して下さい。」
この人と真剣に取り合ったって何の意味もない。
最後の言葉を無視して、私は部屋を去った。
今のことは、聞いていないし、なかったことにする、そう言い聞かせデスクに戻ると、仁に『今晩会いたい』とメッセージした。
約束なんか守らないでいいのに、大事になんてしなくていいのに。
忘れる位に、壊れる位に抱いてって、そんな言葉が言えてしまえればいいのに。
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