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「ちょっと、断るの早すぎっ!
心配しなくたって冗談だしっ!」
「なんなんだよお前っ!」
「ちょっとリアクションを見てみたかっただけー!
それにしても本当、仁が女遊びしないってどうしちゃったのよ?!
もしかして恋したとか?!」
「あのな、入社して数年ちょっとはそう言われても仕方ない男だったかもだけど、俺マジでそんな遊んでねぇよ?!」
「ふぅん、で、恋?!」
「・・・」
「言っとくけど、理沙は無理だからね?!」
「はぁっ?!」
聞こえたけど、咄嗟に言い返せなくてとぼけたフリして返す。
諸川は仲良くても本性が読めないというか、鼻面を取って引き回すのが上手いというか、時々何を考えてるのか本当にわからない時がある。
人の行動とか実はすごい観察してるし、何より鋭い。
そういう部分も営業として上手くやってる秘訣なんだろうけど、やっぱり俺のことも見抜かれてるらしい。
だとしたら、全部気づいていた上でカフェ教師のことも、木戸さんのことも茶化してたんだろうか。
「あんたあのアイドルシェフに勝てると思ってんの?!」
諸川には多分、悪気はないし、面白がって言ってるだけなんだろうけど、俺にとっては爆弾を遠慮なく落とされているようなもんだった。
フロアに黄色い声が一層強く響くと同時に、人々は視線をフロア中に巡らせた。
まるで美男子系アイドルのコンサート場にでもいるかの錯覚を起こしそうな位、爆音以上の「ルカ!」と「庄司P!」という声が全体を包むと、ダンスフロアにやってきたらしいカフェ教師とプロデューサーの姿があった。
そして、偶然カフェ教師の隣に居合わせたのは、理沙だった。
理沙に気づくと、2人は笑顔で見つめ合い、カフェ教師は理沙の耳元で何かを囁き、また笑顔で見つめ合いながらカフェ教師は庄司さんとステージへと歩いて行った。
3秒位の、なんでもないはずのその一瞬の光景が、俺にはまるでスローモーションだった。
さっき2人が楽しそうに話していた姿もそう思ったが、なんか波長が合ってそうな気がするというか、結構お似合いだよなー。
天使の俺なのか、悪魔の俺なのか、どっちかが嬉しそうにそう呟いた。
「そんなこと位わかってる。」
聞こえなかったかもしれないけど、俺は諸川にそう返しておいた。
「あ、見て!
あそこにいい男発見!」
諸川の視線の先にいたのは、俺らよりも随分年上そうな、アパレルの経営者っぽい雰囲気を漂わせる洒落た人だった。
私にいけるかな、と悩んだ末、決意したように堂々とその人へとひとりで向かって行ったのだった。
結局、いい男といい感じになったらしい諸川は、この後2人で飲み直すことになったと、ニヤニヤしながら俺らに告げた。
「理沙ぁ、悪いけど仁の相手、してあげてね。」
意味深たっぷりに言いながら、返答に困っている理沙の反応を見て、楽しんでるんだろう。
しかも「仁っ、寂しくなるけど、元気でねっ!ちょっと、最後にアメリカっぽくハグっ!」そう言うなり、理沙の前で思いっきり抱きついてきた。
理沙も諸川の大胆な行動に、ちょっと目を丸くしたように見えた。
「何、これ。」
諸川の耳元で、小声で聞く。
「ちょっと位嫉妬させた方が後で燃えるんだって。」
そう囁いて離れると「じゃあ理沙はまた会社でねっ。」と去って行った。
一体あいつの今夜の行動は何だったんだろうか。
「千秋、大丈夫かな。」
アクアを出て、夜道をふたりでゆっくりと歩き始めて、理沙がポツリと言った。
どうやら、出会ったばかりの男と2人きりになることが心配らしい。
俺からすると、諸川はそういう出会いに慣れてる感じがあるし、多分、こういうことは今回が初めてではないだろう。
「まぁ、あいつのことだから大丈夫っぽいけど。」
相手は首都圏中心に店舗展開しているセレクトショップの経営者で、俺も一応挨拶はさせてもらったし、大丈夫だとは思うがとりあえず後で念のために連絡はしておこう。
それより。
俺は隣で歩く理沙の手をぎゅっと握った。
「やーっと2人になれた。」
恥ずかしそうに「うん」と戻ってくる声。
ホテルに向かう足がちょっとだけ早くなってしまう。
早く2人きりになりたくて、早く、誰にも見られないところで、抱きしめたくて。
指を絡めて手を繋ぎ直すと、応えてるように握り返す細い指。
もう無理。
カッコつけてきた俺は、本心の俺に降伏すると決めた。
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