episode 04 ネズミ色の過去

2/12
33人が本棚に入れています
本棚に追加
/100ページ
 深夜二時。コツコツコツ、と玄関ドアが小さく三度鳴る。時間帯を考えて、インターフォンの使用は避けたに違いない。  衝動的に返してしまった『会いたい』という要求に、越川は控えめだけれど快く応えてくれた。彼らしい優しいノックだと、暖かなあかりが胸の奥に灯る気持ちで砂織は出迎えた。 『間に合わせのお土産で、すみません』  申し訳なさそうに越川が掲げたコンビニ袋を、そっと砂織は覗き見る。可愛らしいカップケーキが二つ、奥底で不安定に鎮座していた。 『最初の訪問はホールの豪華なケーキを持って行きたかったのだ』と、珍しく早口な手話で悔しそうに越川は唸った。 『誕生日とクリスマス以外には、食べちゃいけない気がするんです』  ケーキを食べるのは特別な日だけ。贅沢に慣れていないから。けれど、本当は毎日でも食べたいくらい大好き━━『涼』で交わした他愛ない砂織の与太話を、越川は覚えていてくれたのだ。 『小さなケーキも大好き。ありがとう』 ━━何よりも、気遣いが嬉しい。  ゆっくりと心をこめて、砂織は感謝の仕草を表した。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!