episode 01 ネズミ色のホステス

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 明るい飲み屋街の誘惑には目もくれず、砂織は足早に裏通りへと進み行く。さっきまでの光と喧騒が、夢の中の出来事だったかのように消え去る瞬間が好ましい━━そんな風に毎夜、同じ思いに耽りながら。  古く薄暗い四階建てビルの前で、砂織は規則的に運んでいた歩みをピタリと止めた。地上三階までの窓一面に【空き店舗】と大きく貼り紙をされた一見廃墟と見紛う鉄筋の古いビルは、最上階である四階だけが暗い路地へと向かい、遠慮がちに明かりが灯されていた。  エントランス脇のエレベーターに迷うことなく乗り込んだ砂織が目指すのは、手前に看板の出ている深夜営業の託児所━━ではなく。同フロアの奥で、ひっそりと営なまれているペットホテルだ。 「おかえりなさい、砂織さん。ルナちゃん、いい子でしたよ」 「今夜もありがとうございます。家に帰ろう、ルナちゃん」  エプロンをした若い女性に抱かれて砂織の前に差し出されたルナは、甘えるように「ワン!」と一声吠える。 その可愛い生き物は、飼い主が着用しているパーカーと同じネズミ色の巻き毛に被われた、黒い瞳の愛くるしいトイプードルだった。
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