episode 01 ネズミ色のホステス

6/7
前へ
/100ページ
次へ
* 『わ、た、し、は、い、ま……』  ユウキが高らかに『プライド』を歌い上げている頃。ポチポチと慎重に携帯画面の文字入力キーを押下しながら、砂織はメールを作成していた。 「今どき、化石じゃないですか」  若い同僚たちに嘲笑されながら、いまだに砂織はテキストメールを使い続けている。六十代後半から七十代のシニア層が中心である顧客の半数は、スマホを所有してはいるものの、ネット事情に疎いと言えた。 「SNSっていうの、僕は苦手でね」 「私もです」 「返信しようとすると、相手から矢継ぎ早に言葉が返ってくるじゃない。で、自分が言いたいことを言えないで終わっちゃう」 「分かります」  瞬時に返信が往来するスピードに彼らは慣れていないのだ。故に、一呼吸置いて返事を送ることのできるメールの方が安心するということを会話の中で砂織は知った。会話と言っても、相手が一方的に語る内容に相づちを打つことがほとんどである。幸い、砂織の顧客は熱心に語りかけてくれたり、嫌味のない知識を披露してくれる紳士ばかりだった。  帰宅すると、まずは会話を内容を反芻しながらメールの下書きに取りかかる。話すことは苦手でも、言葉を淘汰しながら文章に書き起こして伝えることは苦にならなかった。 「坂下様と奥村様は、就業前の午前八時に。相田様と川上様と丸岡様は、昼休みの時間帯に。送信保留……と」  本日の顧客である五名分のメール下書きを二時間かけて完了させた。各々がプライベートで携帯電話を覗き見る時間帯も、リサーチ済みだ。  今夜は身になる話題を提供してくれる方ばかりだった。その分、いつもよりメール作成に時間を割いた。カーテンの隙間からは早朝を知らせる光が漏れ始め、シングルベッドの上では━━主人である砂織の添い寝を待ちきれない飼い犬のルナが、静かな寝息を立てていた。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加