episode 01 ネズミ色のホステス

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 皆を騙すつもりはなかった。入店時、親睦会の断りを入れる理由として「ルナのお迎えが……」と切り出した砂織に対して、『訳あり子持ちのシングルマザー』という設定が勝手に一人歩きを始めたのが始まりだった。  店側から同伴やアフターを強要されることは、一度たりともない。それでも安定した売り上げを納める砂織に、同僚たちが枕営業やパトロンの存在を疑っていることも承知している。  己が性的な魅力でのし上がれるタイプでもなければ、体を差し出してまでホステスという職業に執着するほどの野心も持ち合わせてはいないことは、砂織自身が充分に理解しているつもりだ。  ひたすらに隣に座った客の話を熱心に聞き、お礼のメールを送る。ただそれだけのことだ。子どもの頃から作文だけは得意だった。強いてあげれば、ほんのわずかの文才だけが、砂織の武器といえるのかもしれない。 「お待たせ、ルナ」  太陽が上り始めると同時に、砂織はベッドへ潜りこむ。あくびをしているネズミ色のルナは、入れ替わりで起き上がりたそうだ。 「私の人生は、バラ色ではなく、ネズミ色。グレーでもなく、ネズミ色」  それはいつもと変わらない、地味な砂織の日常だった。
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