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「……オリ!」
屋外から漏れるネオンの後光に照らされて、スーツ姿の越川がドア越しに立っていた。
映画『卒業』のワンシーンのように。
「悟!」
豪胆な般若から、か弱き姫へ。神楽の面が変化するように、ここでも加織は表情を変えた。砂織に凄んだ場面でのドスの利いた声とは真逆の甘え声で、早口で思いの丈をまくし立てる。
「もう大丈夫よ、悟。悪い商売女の誘惑から、あなたを守るために来たの。大丈夫よ、これからは私が……」
愛しい男の元へと駆け寄った加織は腕を絡ませようとするも、まるでその姿が目に入っていないかのように、彼女の脇を越川はスルリとすり抜けた。
「……オリ……」
再び名を呼び、越川は立ちつくす砂織にそっと触れる。
『ケガはありませんか』
『私は、大丈夫』
その身の無事を確かめると、しっかりと抱き寄せた。
越川が叫んだ名は『加織』ではなく━━『砂織』だったのだ。
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