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「エグル! こんな時間に何の用!?」
「お前、乳は出るか」
「……ちっ!!?!!??!?」
ち~~~!? と言葉か擬音かわからない高音が耳をつんざく。頭が割れるかと思った。頼む相手を間違えたか。流石に出ないものなのだろうか。
「夜にコールしておいてセクハラ!? 歳を考えてよ!」
「あ、おい待っ」
本当に切ろうとしている。慌てて弁明をとも思ったが、その言葉も急に泣き出した赤子の声にかき消された。まさに前門のタイガー、後門のウルフ。どうしようもない。
「……? 赤ちゃんの声?」
後門のウルフが前門のタイガーをキティにでも変えてくれたようだ。感謝しながら未だに泣き続けている赤子を片手で抱き、見聞きすらしたことがない赤子をあやすという行為をしてみる。
もちろんそれで泣き止んでくれるわけもなく、「いいから、早くきてくれないか。このままではおちおち話もできそうにない」と彼女に聞こえるように端末に向かい声をかけた。
彼女は不審がりながらも了承してくれたようで、「雨も上がったみたいだし翔んで行くわ」と言って通信を切る。
泣き止んでくれ泣き止んでくれと思いながらあやしつづけるものの泣き止んでくれることはなく、何か気をひくものをと思ったが、男の一人暮らしの家ではそんなものもない。学術書など読み聞かせてもおそらく楽しくもなんともないだろう。
ふと、部屋の中に目を走らせる。小さなログハウスのリビングだから簡単に部屋全体が目に入る。おいてあるのは観葉植物やログテーブル、壁にかけられた鳩時計、壁一面を埋める本棚。そして窓の傍に飾られた――。
私はそれを手に取り、赤子の上で前後させる。自立で飛ぶことはない、ただのオーニソプターの模型。それでも赤子は泣くのをやめそれを目で追い、きゃあきゃあと嬉しそうに手を伸ばして見せた。
「……なんだお前。こういうのが好きか?」
赤子は私の目を見据える。綺麗な蒼色の瞳だ、まるで雨が上がった後の晴天の空のように。
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