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変わらない綺麗な声、やわらかな物腰。ここにいるのは康助のよく知っているいつものなみだ。じっと見つめていると視線が合った。なみは何かに気付いたように、康助の前にやって来た。
『康助君、手を――』
言われるまま差し出した右手に、なみの小さな手が重なる。実際に触れられた訳ではないのに、一瞬温もりを感じた。でも、何をされたのかは分からなかった。
次になみは高柳に近付くと、その頬を両手で挟み込んだ。左頬は満月によって大きなガーゼで覆われている。
『・・・許して。こんな怪我をさせるつもりじゃなかった』
すると、高柳が恐怖に近い表情で、ジリッと一歩後ずさった。
『いつも、どうしても力が足りないの。本当にごめんなさい』
「やめるんだ、なみ」
『だけど・・・』
高柳にはなみの手を振り払うことも、頭を振ることもできない。なみの手はあまりに近くて、下手に動けば触れてしまう。いや、触れられないことを知っているからこそ動けなかった。
「頼むから――やめてくれ!!」
逃げ場がなくて高柳がとうとう大声を上げても、なみは言い募るだけだった。
『だけど、秋・・・』
泣き出しそうななみの顔が、そこで突然揺らいだ。体の輪郭も、幾重にもだぶるようにぼやけ歪んでいく。
隣で一部始終を見ていた康助は、嘘だ・・・と思った。疲れていて目が錯覚を起こしただけ。そう思いたかった。
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