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思い返せば転校初日、そう呼ぶように言ったのは康助自身だった。桜木という響きが堅苦しくて好きじゃない、というのは建前だ。百合香も哲也も、沼田や山下や周囲の大人も、親しい人達は昔から誰もが康助を名前で呼んでいたからだ。
もう他人と深く拘わりたくないと言いながら、本心では違っていた。ずっと淋しくて仕方がなかった。耳慣れない名字で呼ばれることすら拒絶する程に。
必死に虚勢を張って、一人でいいと強がって。でも康助の「信じてやらないぞ」ポーズは、最初からなかったことにされていた。些細な意地なんて一切お構いなしに、周りにはいつも彼らがいた。当たり前にいてくれることに、ずっと甘えてきたのだ。
頭を撫でる島本の手の感触さえ懐かしい。赤井にはリフティングを教えてもらう約束だし、岡山とのゲームの決着もまだだ。会ったらなんて言って礼をしてやろうと、康助はノートを握り締めたまま、なかなか顔を上げられなかった。
「お前はいつも友達に恵まれて、ほんとにもったいないくらいだね」
母はお茶を入れる準備をしながら、康助の方を見ないままでそう言った。きっと心配させているのに、元気でやってるならいいと康助の好きなおやつを机いっぱいに並べてくれた。全部平らげると安心したように笑って、背中を叩いて送り出してくれた。
そして、ノートと高柳へのお土産を抱えて玄関を出た時、康助は思いがけない人物と遭遇したのだ。
「原田・・・」
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