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そう言うと、中断していた作業を再開させる。
「・・・うん」
一応返事はあったが、康助にはその場を動く気などなかっただろう。残念ながら説得は不発に終わったかに見えた。が、
「康助?」
二度目に振り向いた高柳は、百点満点の素晴らしい笑顔で、右手に握った切れ味のよさそうな包丁を光らせ二階を指し示す。穏やかな声が心なしかワントーン低く響いた。
「ほら、部屋行ってろ」
何だか分からないけれど、怒鳴りつけられるよりその笑顔の方が余程怖かった。じわじわ後ずさりながら、康助は頷く。
「わ、かった。二階の突き当たりだな?」
「ああ。できたら持って行くから」
そそくさと消えていく後ろ姿を見送って、やれやれと肩を下げる。包丁のリズムがまた響き始めた台所で、高柳の口元にはとても楽しそうな笑みが浮かんでいた。
高柳の部屋は、十畳程の洋間だった。
ブラウンを基調とした家具に、アイボリーのラグ。入り口正面には大きな窓があって、木製のブラインドから差し込む光がベッドの上にやわらかくこぼれている。
(・・・あいつ、男のくせにマメっていうか、案外神経質だよな)
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