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あの子、とは無論さっき森で見た少女のことを指す。言うまでもなく、高柳にも少女の姿は見えていたし、少女の声も聞こえていた。・・・と言うか、二人はすでに結構な知り合いだったようなのだ。
少女は名前を『なみ』という。直接話した訳でもないし、お互いに自己紹介だってまだだ。ただ、高柳が別れる間際にそう呼んでいたのを聞いた。
不思議な少女だったが、怖いとかそんな気持ちは微塵もおこらなかった。陽気のせいか昼間だったせいか、高柳がそばにいたからなのか。幽霊と言えばもっと暗くておどろおどろしいイメージだったのに、少女はそうしたものとはまるで違っていた。
本当はそばに行って、話しかけて、胸に響いたあの声をもう一度聞きたかった。なのに高柳は「また後で来るよ」と言い置いて、ろくに挨拶もさせてくれずにさっさと歩き出してしまう。昼食という誘惑に勝てず、康助もやむなくそれに従った。少女も黙って頷いただけだった。
来た道を戻りながら、置いていく少女のことがどうにも気になって、木々の合間に隠れて見えなくなってしまう前にと、康助は一度だけ後ろを振り向いた。
小柄な姿がさらに小さく、緑の中にポツンと浮かんでいる。今にも消え入りそうに儚く、風に吹かれて揺れている。傍らに立つ白い木だけが少女に寄り添っているようだった。
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