第一話

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 医師からは、相手が不明だったりサインが貰えない場合、相手のサインがなくても中絶は可能だと言われていたので、本郷には伝えないという選択肢もあったのだが、悠の心の片隅に、本郷に中絶を止めて欲しいという思いがあった。生まれてすぐに両親から見捨てられた悠とは違うのだと思いたかったのだ。  けれど、一体どう切り出すべきかと悠は妊娠を知った日から延々悩み続けたものの、結局「これだ」という答えが出せないまま放課後を迎え、そして指定した屋上へ続く階段の踊り場に、本郷はやって来た。  取り巻きたちには上手く説明してくれたのか、誰かがついてきている様子もなく、悠は思わずホッと息を吐く。  そんな悠の心中など知らない本郷は、先に踊り場で待っていた悠の姿を見ると、綺麗な二重の目を細めて微笑んだ。 「まさか始業式早々、御影からラブレター貰えるなんて思わなかったよ」 「どう考えても、そんな内容じゃなかっただろ」  呑気な本郷の冗談に、悠は呆れをたっぷり含ませた溜息を吐いた。 「え、これってどう見てもフラグじゃないの?」 『放課後、屋上手前の踊り場で待ってる 御影』と悠が走り書きしたメモ用紙をヒラリと掲げて見せる本郷の手からメモを奪い取って、悠はそれをぐしゃりと手の中で丸め込んだ。 「あ、酷い。記念に取っとくつもりだったのに」 「そんな冗談聞く為に呼んだワケじゃねぇんだよ」  別に冗談じゃないんだけどな、と肩を竦める本郷の本心が全く読み取れず、悠はやはり黙っておく方がいいのだろうかと言葉に詰まった。     
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