7291人が本棚に入れています
本棚に追加
本郷に背を向けたまま口早にそう言い残して、悠は一気に階段を駆け下りた。背中に「御影!」と叫ぶ本郷の声が聞こえたが、それに気づいた複数の生徒たちが本郷の元へ向かっていき、悠はその流れに逆らうようにしてそのまま学校を飛び出した。
……望まれた妊娠でも無ければ、本郷が父親である可能性すら疑われた。
一気に全てが馬鹿馬鹿しく思えて、悠は施設長にこれまでの謝礼を綴った書き置きと貯めていたバイト代の半分を一緒に置き、その日の内に施設を去った。
発情期に流されて、本郷と交わったことを激しく悔やんだし、少しでも本郷に期待を抱いた自分にも腹が立った。
高校も辞め、本郷に繋がるものは全て断ってやろうと、相手欄は空白のままの中絶手術の同意書を握り締めて病院へ向かったが、いざ病院の前まで来ると、どうしてもそこから先に足が動かなかった。
悠が本郷を嫌っていても、本郷に望まれていなかったとしても、悠の中に宿った命にそれを押し付けてしまったら、悠を捨てた親と同じになってしまう。悠の握る同意書は、一つの命を消してしまう書類なのだ。
罪のない命を消すくらいなら、苦労してでもせめて子供だけは育てたいと、悠は結局中絶しないことを決意して、新たなバイト先を必死に探した。
発情期を迎えたΩを雇ってくれる先はそう簡単には見つからなかったが、この際業種は問わず、どうにかビル清掃のバイトが決まって、その初出勤の日。
最初のコメントを投稿しよう!