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穏やかな口調ながら、妙に威圧感のある客の声に気圧されたのか、司会の男は言われるがまま、慌てた様子で悠の中からバイブを引き抜いた。その刺激に微かに息を詰めた悠の裸体に、客の男は見るからに高そうなスーツの上着を脱いで躊躇いなく被せた。
「あと、俺以外の人間に拘束されてるのも気分が悪いから、その拘束具も外してくれる?」
「も、勿論です!」
完全に客の言いなりになってしまっている司会の男によって、悠の首と手首の拘束も漸く解かれた。
司会の男は、客の男の口調に反した迫力やオーラに圧倒されているようだったが、悠は全く別の理由で呆然と目の前の客を見上げていた。
思わず見入ってしまいそうな、スラリと高い背に長い脚。穏やかな口調に、耳に心地よい声音。それに顔の大半は覆われていても、唯一見えている形の良い唇。
……嘘だ。そんなことがあり得るワケがない。
何度も自分にそう言い聞かせても、そのどれもが、悠の記憶の中にハッキリと残っているものと一致していて、勝手に鼓動が速くなる。
言葉を失う悠の目の前で身を屈めた客の男の長くて綺麗な親指が、血に濡れた悠の唇にそっと触れた。
「……やっと見つけた」
忘れられない『あの日』と同じ言葉を零した男の唇が、緩く弧を描く。
……見間違えるはずもない。その唇は、悠が高校時代、毎日のように見ていた本郷のものだった────
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