第四話

2/29
6932人が本棚に入れています
本棚に追加
/274ページ
 両親は決して本郷にミュージシャンの道を強要したりはしなかったが、物心ついた頃には、ピアノに触れている時間がどんなときよりも幸せだと感じていた本郷は、自然と「ピアニストになりたい」という夢を抱いて、日々練習に明け暮れた。  本郷のピアノが上達するたびに両親が喜んでくれるのが楽しみだったし、自分の奏でる音楽を聴いた人が笑顔になってくれることが、本郷には何より嬉しかった。  そんな本郷は、両親が共に有名なミュージシャンだったこともあり、小学校に上がる頃には既にメディアからも注目を浴びる存在になっていた。その頃になると、本郷自身も数々のコンクールで賞を受賞するようになっていたことも、本郷の知名度上昇に拍車をかけていたように思う。  本郷自身は、別に賞なんてどうでも良かった。ただ、自分の演奏をより多くの人に聴いて貰いたい、音楽の楽しさを知って欲しい────そういう思いの方が強かった。  そんな本郷の意思と、世間やメディアの評価にズレが生じ始めていることに気付いたのは、小学校の高学年くらいだっただろうか。 『王子』、『美少年』……ピアノとも音楽とも全く無縁の肩書きが、気付けば本郷一哉という名前の前に、必ずと言って良い程添えられるようになっていることに、本郷は強い違和感を覚えた。     
/274ページ

最初のコメントを投稿しよう!