第三話

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第三話

 遠くから、優しいピアノの旋律が聞こえてくる。  全身をフワフワした綿に包まれているような心地良さの中、悠がゆっくりと瞼を持ち上げると、聞こえてくる旋律が一気に大きくなった。  優しくて、耳に心地良い中にも確かな存在感を放つその音は、奏でる男の口調とよく似ている。否応なしにテレビなどで何度も耳にしたことがあるこれは、本郷の奏でるピアノの音だ…と、悠はすぐにわかった。  生で聴くのは初めてだったが、テレビなどで聴くよりも、本郷の演奏はずっと耳障りが良くて、けれど静かな迫力もあった。  何だか色々なことがありすぎて、悠は長い夢を見ていたような気分だった。正直今のこの状況も、まだどこか現実味がない。  そもそもいつ意識を失くしたのかも思い出せないが、目覚めた悠は、どこのホテルのスイートルームだと言いたくなるような、広すぎるベッドに寝かされていた。  何も身に着けて居なかった身体には、肌触りの良いバスローブが着せられている。  ピアノの音は、壁の向こう側から聴こえているようだ。だとしたら此処はもしかして本郷の自宅なんだろうかとぼんやりと思って、益々これは夢の続きなんじゃないかという気持ちになってくる。     
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