第四話 ついてない=憑いてない?

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「あー、なんか最近ツイてないなぁ……」  東洋一(あずまよういち)は溜息混じりに空を見上げた。少し日焼けした肌に、奥二重の茶色い瞳が優しい。どことなくインコを思わせる顔立ちで親しみ易さが滲み出ている。淡いブルーのワイシャツに、グレーのスーツ姿だ。残暑がまだまだ厳しいとあってどうやらスーツは夏物の生地のようだ。腕時計を見る。時刻は午後2時を過ぎたところだ。 (一応区切りはついたし、昼飯にでも行くか)  気分を吹っ切るようにして、テーブルの上に桜色の布をかける。そして更に、漁業網を思わせる白い網を被せ、端と端を合わせると鍵をかけた。  少し神経質に鍵を小さな黒いポーチにしまい込む。そして後ろの壁際に備え付けられている紺色の棚の暗証を押す。カチャリと空いたロッカーの中から、財布とハンカチ、携帯を入れた小さな黒いトートバッグを取り出す。鍵を注意深くロッカーの中に入れてからドアを閉め、従業員用のエスカレーターへと向かった。  エスカレーターが現在地である8階に昇ってくるのを待ちながら、ふと、日溜まりの中でゆったりとコーヒーを飲む自分の姿が脳裏に浮かぶ。少し緊張気味で強張った表情がふっと柔らかくなった。 (久々に『本源郷』にでもいってみるかな)  今日のランチの場所は、ここからほど近い『本源郷』に決まったようである。 彼はキッチンで使用する圧力鍋やミキサーを初めとした器具や便利グッズの実演販売を仕事にしていた。本社は品川にあるのだが、この蔵前駅周辺駅が、彼の担当区域なのである。
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