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「泉に溶けて、またいなくならないでくれ」
悲痛な叫びにも似た哀願の声に、栴檀の魔羅法師は奥歯を噛みしめた。泣きだしそうな珊瑚の鼻に両手を添えて、唇を寄せた。
「いなくならない。俺は、珊瑚が好きだ。ひと目で珊瑚に心を奪われた。お前のすべてが欲しくてたまらない。それなのに、できない自分がふがいなく、悔しいんだ」
「ひと目で?」
きょとんとした珊瑚に、栴檀の魔羅法師は「しまった」と顔色を変えた。
(俺が泉の精ではないと、勘づかれたか)
だが、そうではなかった。
「そうか。泉の精も、俺を見てからずっと、俺を好いていてくれたんだな。俺も、泉を見た瞬間に、ここを寝床にしようと決めたくらい、泉が好きなんだ。清らかで、美しくて、おいしくて……俺の命を繋いでくれている、かけがえのない存在だ」
また栴檀の魔羅法師は、嫉妬に燃えた。それがよけいに悔しさを増幅させる。
(俺がもし、そうではないと知ったら、珊瑚は俺を捨てるだろうか)
壁にたたきつけられて、殺されるかもしれない。
(それでもいい。だが、その前に、偽りでもかまわないから、珊瑚を思うさま愛しきりたい。身代わりだとしても、一瞬でいいから珊瑚の心身を独占したい)
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