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ほとほと困った人々は、誰か勇敢なものが濃霧の向こうを見て、悪いものがあれば退じてくれはしまいかと望んだ。しかし、得体の知れないものは、誰もが恐ろしい。名乗りを上げるもののない中で、栴檀の魔羅法師は「己が行こう」と声を上げた。
「そのためには、舟がいります。話を聞けば、霧に触れただけで、舟は霧の奥へ連れていかれるのだとか。でしたら小さな、みすぼらしい舟で充分です」
誰もが心配をしながらも、ほかに行ってくれそうなものもいないので、栴檀の魔羅法師が行くことに決まった。
彼は彼の身の丈に合った刀と杖、縄と水や食料が欲しいと言った。人々は彼が無事に帰ってきますようにと、傷の軟膏などもふんだんに舟に乗せて彼を送り出した。五寸しかない彼の姿は、舟に満載された品の影にうもれて、はたからは見えないほどだった。
そうして沖に押し出された舟は揺られて、やがて濃霧に包まれた。がくんと舟が動きを止めたかと思うと、スルスルとどこかへ進んでいく。栴檀の魔羅法師は目元を引き締めて、舟の行きつく先をにらみつけた。
やがて舟は濃霧の壁を抜けて、砂浜に引き上げられた。
「やあ、また舟が来たぞ」
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