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「俺はさ。忘れられるなら、それでもいいんだ。細かいことは忘れていい。好きなこと、必要なことだけ覚えていればいいんだ。馬鹿みたいに楽しかった、とかさ――想いさえ残れば十分だろ」
自由なことは、好い事だ。例え、忘れたかった記憶でなかったとしても、忘れられるくらいの思い出のうちにいられる方が、ずっとマシだった。
傷つけたのでもなく、失った訳でもないのだから。
「ナオは、俺と同じ事が出来なくていい。むしろ、俺みたいになったら苦労するやつが増えるだけだろうし」
気にするな、という気づかいは、ナオにもちゃんと伝わった。草吾は絶対にナオを責めない。そもそもは自分の責任だと告げて。
けれど……頷くことなんてできない。
「嫌です」
「そう?」
「当然です。私は、草吾さんを忘れたままでいたくありません」
昨日の朝と全く同じ表情をして、草吾はナオを見下ろしていた。なんで? と戸惑いながら尋ねてくる。まったく――馬鹿にしないで欲しかった。
「二度と、草吾さんに初めまして、と言うつもりはありません」
自分にだって、プライドがある。優しさなんて、叩き落としてしまいたい時だってあるのだから。
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