マストドン、ワンライ(テーマ:秋)

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マストドン、ワンライ(テーマ:秋)

「大家さん、大家さん」 そっと渡した紙束を見て、大家さんは目を細める。 「綺麗な葉っぱですねえ。……とでもいうと思った?」 大家さんが目を細めるとお札はみるみるうちに紅葉した綺麗な桜の葉っぱに変わっていってしまう。 「お支払いは、タヌキ基準じゃなくて人間のお金でお願いしますって言ったじゃないですか」 大家さんがため息をつく。 実は先月も家賃を払えてない。 「ううぅ~」 思わず泣きそうになって唸ると、変化していた耳と尻尾が、みょこみょこと出てきてしまう。 だから同じ里の出のタヌキにも「この駄目タヌキ!」ってって言われるんだ。 「た、タヌキちゃん……」 にも拘わらず、大家さんの声は甘やかしの入った声で。 「も、もふもふさせてくださいませんか?」 という。 「タヌキちゃん。耳の後ろをちょっとだけでいいですから!!」 「み、耳はちょっと……」 僕が言うと「痛くはしませんから!」とかみ合わない事を大家さんが言う。 「……じゃあ、尻尾だけなら」 僕が言うと大家さんはうっとりと目を細めながら尻尾をそっとなでなでする。 「タヌキちゃん」 うわごとの様に言うけれど、ぼくの名は大貫だ。 「まあ、冬支度も大変ですしね」 大家さんはそんなことを言いながらももう尻尾しか見ていない。 この人が動物好きの人間嫌いだという事はここに入居した時からよく知っている。 大家さんはひとしきり僕の事を撫でた後「今回だけは家賃まってやるから」と言った。 こういう事は今回が初めてではない。 耳と尻尾を戻すとまた冷たい視線をこちらによこす大家さんを見て、ああ残念な人だなあと思う。 でも、こんな残念な人だからこそちゃんとしないといけないとも思うのだ。 「あと2週間待ってください。 お給料が出るはずなので!」 「はいはい」 人の形をしている時の大家さんは基本塩対応だ。 だけど、待ってくれるらしく、やっぱりいい人だなあと思った
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