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喧嘩するほど仲がいい
※ワンライ 2021/02/25に書いたやつ
お題:月夜・溶ける
同棲をする前、単なる恋人同士という関係の頃から喧嘩をした後仲直りをするときは大体、二人でアイスを食べることが多い。
基本ちょっといいやつを買ってきて二人で黙々と食べて、それから謝る。
糖分が入っていた方が穏やかに話ができるらしいけれど、元々それを知っていての習慣という訳ではなかった。
「コンビニ行こうか」
山本が俺に言う。
多分それは、仲直りをしたいっていう意思表示だ。
喧嘩の内容は今回も、お互いのイライラがただ重なってしまった事故みたいなもので、俺も今はただ言いすぎたなって事しか思っていない。
もうちょっと早く帰ってこれないのか、みたいなお互いの努力でどうにもならないような話で言い合いになって、厳しいことを叫んでしまった。
シフトがそういう風になってるからどうしようも無い事は頭の片隅ではちゃんと分かっていた。
声をかけられた方を見る。
きっと自分の目元は少し赤い。
「はいはい、瞼こすらないよ」
俺の手を目元から離して、それから山本はそっと俺の下瞼と頬を撫でた。
それは、もう俺の事を完全に許しているも同然の態度で、だけどお互いにそれ以上何も言えない。
「俺、今日はチョコのにしようかな」
財布をポケットに突っ込んで立ち上がる。
家から、徒歩十五分ゆっくりと歩いた先にコンビニはある。
夜半に差し掛かる時間のコンビニは人気もまばらで二人でアイスを選ぶ。
「今日はダッツでもいいぞー」
のんびりと山本が言うけれど結局パルムをかごに入れる。
二人で並んでコンビニを出る。
見上げた先には山本の買ったバニラアイスみたいなまん丸の月がアイスクリームと同じような色で光っている。
袋からさっさと取り出したパルムを口に入れる。
口の中で溶け始めたアイスクリームを嚥下して、それから勝手に家への道を歩き始める。
慌てて山本が追いかけてくる。
「ごめんな」
横に並ぶ山本にそう伝える。
アイスはもう食べてるんだし別にいいだろ。
アイスは夏のジワリとした暑さにすぐに溶けてしまうだろうし、月明りはこんなに綺麗なんだし。今日は少しだけ早めに仲直りの儀式をしてしまってもいいだろう。
横を歩く山本が俺のアイスを勝手にかじる。
それから「俺こそ言い過ぎた」と山本が言う。
一応、いつもの習慣の体裁を整えたかったのか、それとも単に俺のアイスを食べたかったのかは知らない。
だけど、アイスはいつも通り美味しくて、隣を歩く山本のビーチサンダルを履いた足とまあるい月を交互に見ながら二人で交互にアイスを食べながらだらだらと歩いた。
喧嘩なんかしない方がいい。
だから、こうやってアイスを買うことも無い方がいいのかもしれない。
だけど、こうやってふたりでアイスを買って並んで帰る時間が少しだけ好きだって言ったら、笑われるかもしれない。
また来ような。その言葉は飲み込んで「家に帰ったら、山本のバニラも一口ください!」と言った。
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