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「オラ、平気だ。集落の皆のためなら怖くないよ。だから大丈夫だ」
かおるは笑顔で言うが、内心怖くて仕方ない。
だがここで「死にたくない」と泣きつけば、両親は確実にかおるを助けると分かっていた。
もしそんな事をしてしまえば、一家3人全員が処罰される事も……。
この集落にはいくつか習わしがあり、習わしは絶対だ。
もし従わなければ、重い処罰が待っている。
一例として、この集落の中央には、守り神を祀っている小さな祭壇がある。
朝晩に1度ずつ、水を捧げる決まりなのだが、それを忘れた者は丸一日、全裸で磔にされた。
水を忘れただけで晒し刑なのだから、生贄を逃したとなれば死刑になるのは、容易に想像がつく。
すべて分かっているからこそ、かおるは無理にでも笑った。
この日母は、かおるの好物だけを作った。
最後の晩餐だからだ。
「おっかちゃん、美味しいよ」
かおるはうまいうまいと食べるが、本当は恐怖で味など分からなかった。
だがこれが最期の親孝行だと言い聞かせ、無邪気に明るく振舞ってみせた。
夜になると布団を並べ、3人で眠った。
とはいえ、誰も布団に横になっているだけで、一睡も出来ない。
“早朝”より“夜中”という言葉が似合う、午前3時、一家はドドドドドッ!、という物音で体を起こした。
「な、なんだあ!?」
「誰ですか!?」
父は素っ頓狂な声を出し、母はかおるを抱きしめながら、戸に向かって声を張り上げた。
「準備を始める、かおるをよこせ!」
しわがれた怒鳴り声は、媼のものだ。
「まだ夜なのに……」
「あんまりだ……」
母はすすり泣き、父は肩を落とした。
「はやくしねぇかぁ!」
地獄の底から響く様な媼の声に、かおるも母も、小さな悲鳴を上げた。
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