習わし

4/8
前へ
/13ページ
次へ
「オラ、平気だ。集落の皆のためなら怖くないよ。だから大丈夫だ」 かおるは笑顔で言うが、内心怖くて仕方ない。 だがここで「死にたくない」と泣きつけば、両親は確実にかおるを助けると分かっていた。 もしそんな事をしてしまえば、一家3人全員が処罰される事も……。 この集落にはいくつか習わしがあり、習わしは絶対だ。 もし従わなければ、重い処罰が待っている。 一例として、この集落の中央には、守り神を祀っている小さな祭壇がある。 朝晩に1度ずつ、水を捧げる決まりなのだが、それを忘れた者は丸一日、全裸で磔にされた。 水を忘れただけで晒し刑なのだから、生贄を逃したとなれば死刑になるのは、容易に想像がつく。 すべて分かっているからこそ、かおるは無理にでも笑った。 この日母は、かおるの好物だけを作った。 最後の晩餐だからだ。 「おっかちゃん、美味しいよ」 かおるはうまいうまいと食べるが、本当は恐怖で味など分からなかった。 だがこれが最期の親孝行だと言い聞かせ、無邪気に明るく振舞ってみせた。 夜になると布団を並べ、3人で眠った。 とはいえ、誰も布団に横になっているだけで、一睡も出来ない。 “早朝”より“夜中”という言葉が似合う、午前3時、一家はドドドドドッ!、という物音で体を起こした。 「な、なんだあ!?」 「誰ですか!?」 父は素っ頓狂な声を出し、母はかおるを抱きしめながら、戸に向かって声を張り上げた。 「準備を始める、かおるをよこせ!」 しわがれた怒鳴り声は、媼のものだ。 「まだ夜なのに……」 「あんまりだ……」 母はすすり泣き、父は肩を落とした。 「はやくしねぇかぁ!」 地獄の底から響く様な媼の声に、かおるも母も、小さな悲鳴を上げた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加