習わし

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「白無垢ですか?」 あまりにも意外な服装に、かおるは思わず小声で聞き返した。 「そうだ。お前は祟り神様の花嫁になるんだからね。あの女達とは口を聞くな。ここから出ても誰とも口を聞くな。ワシもとじゃ。身を清めてからは祟り神様に会うまで、誰とも口を聞くな。いいな?」 媼は念を押すように、何度も言った。 「祟り神様はどのような姿を?」 かおるの質問に、媼はゆっくりと首を横に振った。 「知らん。じゃがあの地には、祟り神様しかおらんはずじゃ。分かったらさっさと服を脱いで湖に入れ」 「はい」 媼に急かすように言われ、かおるは急いで服を脱ぎ捨てた。 (寒い……!) 一糸まとわぬ姿になると、秋の夜風が身に染みる。 かおるは深呼吸をすると、意を決して湖に片足を沈めた。 「……っ!」 悲鳴を上げそうになるのを我慢し、ゆっくりと湖に入っていく。 湖は浅く、普通に立つとへそが隠れる程度の水深だ。 かおるはしゃがんで肩まで浸かると、歩を進めた。 冷たい水が容赦なくかおるの体温を奪っていく。 身に刺さるような冷たさに耐えて向こう側につくと、女達の手を借りて陸に上がる。 冷えきった躰に冷たい夜風が吹き抜け、痛みが増す。 悲鳴を上げそうなのを唇を噛んで我慢していると、女達が手ぬぐいでかおるの躰を拭いていく。 ここに来るまで気づかなかったが、木製の台の上に白無垢が置いてある。 女達はかおるの躰を拭き終えると、白無垢の着付けを始めた。 1枚、また1枚と羽織らされる度に冷えきった躰が温かくなる。 着付けを終えると、女達はかおるに化粧を施した。 最後に足袋と白い草履を履かせてくれる。 「出来ました。湖に落ちぬよう、お気をつけて」 ひとりの女が、指で湖のふちを辿るように指さしながら言った。 かおるは心の中で礼を言いながら頭を下げると、湖のふちを辿って歩いた。 布と湖の間は狭く、細心の注意を払いながらゆっくりと、媼の元まで歩いていった。
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