習わし

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媼はかおるを舐めまわすように眺めると、満足そうに頷いた。 「どこに出しても恥ずかしくないのぉ。かおるよ、清める前にも言ったが、祟り神様以外と口を聞くな、いいな?」 媼に凄まれ、かおるは何度も頷いた。 「では、行くぞ」 媼が布を持ち上げてくれる。 かおるは頭を下げながら、布の外へ出た。 「かおる!娘の晴れ姿を見るのがよりによって、そんな……」 母はかおるに駆け寄ると、愛娘の白無垢姿に涙を流した。 「これ、美代子。かおるに話しかけるでない。身を清めたからには、誰とも口が聞けんのじゃ」 媼の言葉に母は何か言いかけて、口を噤んでうなだれた。 3人は集落に戻ると、祭壇の前に来た。 集落の人々がずらりと並び、松明で明るく照らされた。 「かおる!大丈夫か?」 3人の姿を見つけるや否や、父は松明片手に駆け寄った。 「あんた、かおるは習わしに従って喋れないんだって……。だから話しかけるのは……」 「そうなのか……」 母に言われ、父は悲しそうな目でかおるを見つめた。 「時間が惜しい、早く済ませる。お前ら!」 媼が男達に向かって叫ぶと、ふたりの男が前に出る。 どちらも、父の仕事仲間だ。 ふたりはそれぞれ、杖とずた袋をかおるに寄越した。 「その中には握り飯がふたつに、蝋燭3本と燐寸(まっち)が入ってる。それであの道をまっすぐ進んで隣の山さ行け。山頂付近に神殿があっから、その前にいろ。いいな?」 媼の言葉にかおるが頷くと、媼はかおるに提灯を持たせた。 (おっかちゃん、おとっちゃん、今までありがとう……。元気で……) かおるは心の中でそう言いながら、両親に一礼した。 母は大きな声で泣き、父は歯を食いしばっている。
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