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#1 交渉決裂
その男――高木春樹は、お世辞にも教養がありそうな感じではなかった。
横柄で、そして高圧的な態度を取るくせに、浅黒い肌に、ぼろきれのようなシャツと破れたジーンズを纏い、元の色がわからぬほど汚れたスニーカーといういでたちで、私と向き合って座っていた。
薄汚い、という言葉は、よく比喩に用いられるが、まさかそれをこの目でまざまざ見ることになるとは。
「で、ブリリアントファーマシーの社長様が、俺みたいな貧乏人に何の用なの?」
彼はこの社長室に入るなり、卑下するような目で私にこう言った。
ブリリアントファーマシーは世界有数の製薬会社だ。東九州で起こした薬品問屋「輝薬屋」から始まり、江戸、明治、大正、昭和と激動の時代を駆け抜けながら、先祖は着々と店と家を大きくしていった。やがて世界に通用する企業にまで成長し、社名をブリリアントファーマシーに変えたのが八年前。今はがん治療の分野の研究に力を入れており、その五代目社長が、私、新城綾樹だ。
ところが先月、事件が起こる。
長いこと闘病生活を送っていた先代――つまり私の父・新城聡樹が他界した。
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