ボーディング

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ボーディング

 ドーナツを半分に切ったような形をしている新千歳空港の国内線ターミナルは、来る度に新しいところが工事されていて、そんなふうにいつまで経っても完成しないさまは、さながらサグラダファミリアのようにも思える。広くなったり狭くなったり、それがさらに快適性とかそういうものを増幅させるためのことだとわかってはいても、そのせいでトイレに行くためにターミナルを端から端まで歩かされるのは、運が悪いと思うしかない。  もともと、わたしは空港とか駅の雰囲気が好きだった。どこかへ旅立つ雰囲気と、帰ってきた人を迎え入れるあたたかな空気が入り混ざる、独特な空気感。旅情を掻きたてる、とでも言うのだろうか。別にどこそこのナントカとかいう航空機の機材とか、電車の車両形式には微塵も興味がなくて、わたしが主眼としていたのは、その場にある空気感そのものだったのだ。  だから、自分がどこかへ旅行に行くために空港を使う時は、まだ搭乗手続きすら始まっていないような時間に空港に向かい、自販機で売られているそれと味の違いがわからないのに値段だけは一丁前のコーヒーとかを飲んだりしてしまって、あとでスッカラカンになった財布の中身を見て、何を一人で熱に浮かされていたのか…とげんなりする、というのが一連の流れだった。  そんなことを思っていた時代もあった、と思う。  旅行好きが興じて旅行会社に入ってからというもの、いわゆる水モノであるこの業界は、決して華やかなことばかりではないのだということを悟った。あまり詳細について語るのは憚られるけれど、誰かの笑顔の裏には、必ずその裏で顔をしかめている人間がいるのだということを忘れてはならない。わたしが言いたいのは、ただそれだけだ。
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