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#1
三月最後の週末の夕方。その日は春だというのに大寒波が訪れた、とても寒い日だった。
空はどんよりと灰色で、台風並みのような、雪交じりの強い風はどこまでも冷たく、身を芯から斬るような鋭い冷たさだった。
北風と太陽が勝負したとしても、今日は北風のほうがきっと分がいい。なにせ低気圧という熱狂的サポーターを従えている。
こんなに北風がでかい顔をしていては、春の訪れを感じて早くに咲いた桜の花は、みんなあっさりと吹き飛ばされてしまうだろう。
この時期のために掛けた、長い時間が無駄になってしまう。大切なものほど、なくなるときは一瞬だ。
まるで今の自分のようだと思いながら、桜井恭司は足早に目的地に向かっていた。
最近は気温が高かったし、行き先が九州だったから、おそらく暖かいはずだと油断した。
南に下るほど寒くなるとは思わず、こんな日に限って、見事に荒天を的中させた天気予報に、恨み節の一つも言いたくなる。
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