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春の花粉のせいか、それとも季節の変わり目か。数日前から少し喉に違和感を感じていた桜井は、ダークブラウンの冬用スーツの上に黒いロングコートと、この季節にしては風邪を用心して厚着をしたつもりだが、それでも寒さが半端なく、頭痛にも苦しめられている。
交通機関が地味にマヒしているこんな日に九州旅行の計画を入れてしまったことに多少後悔も感じたが、日々多忙を極める身の桜井には、この週末しか時間がなかったのだ。
呼び出したほうも大概だ。東京に住んでいる桜井をわざわざ九州に呼びつけるなんて。
同窓会とか、そういう集まりでもないのに、短いメールで「明日、こっち来い」ときたものだ。
そんなものに応じる自分もどうかと思うが、相手が桜井にとって有益な情報を持っていたので仕方ない。電話で済ませられたらいいのだが、法務部の弁護士という会社の機密を扱う桜井の立場上、話の内容を誰かに聞かれると、会社を巻き込んだスキャンダルに発展しかねない。
それで仕方なく相手の誘いに応じたのだ。
指定された喫茶店のドアをくぐると、黒系で統一された店内には、いかにも昭和の喫茶店を思わせるふかふかの赤いソファーと、麻雀かインベーダーかのゲーム卓が置いてある。
平成の世にしては珍しすぎる骨董品。ドットも荒く、ディスプレイも古くなりすぎて暗いし汚い。
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