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カウンターの奥ではこの店のマスターだろう、黒いベストに蝶タイをした、ロマンスグレーの男性がハンドドリップでコーヒーを淹れていて、コーヒー好きにはたまらないいい香りが店内に溢れていた。
店内にはジャズピアノが静かに流れていたが、その曲に、桜井の心臓がどきりとする。
――ラプソディ・イン・ブルー――
この曲は、桜井が胸を焦がす、片想いの相手が好きな曲だ。ジャズに聴こえるのに、どことなくクラシックの雰囲気を感じる曲。二つのジャンルがなんとも不思議な世界観を紡ぎだしている。ジャズ独特のコードの楽しさと不安定さが絶妙に絡みあうピアノ曲は、誰もが知る有名曲だ。
その相手からの着信にはラプソディ・イン・ブルーが流れるように設定してある。
着信があると、まるで女子高生のように、どことなく気持ちが浮かれてしまって仕方ない、特別な曲。
ゆっくりと店内を見渡していると、喫茶店の一番奥、壁に嵌めこまれた大きなエアコンの送風口、そのそばの席に、黒いカットソーを着た肩幅の広い男が座っていた。
「桜井」
桜井を呼び出した相手・佐藤裕二が「こっちだ」とばかりに手を振っていた。
夜勤明けなのか、栗色の短い髪もぼさぼさ、無精ひげがうっすらと顔に出始めている。
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