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綾樹と桜井は立場上、常にいくつかの案件を抱えていて、それが日々進行している。綾樹はワンマンというわけではないが、決定権・執行権を持っている人間なので、お祝い事とはいえ、何かと気の休まることはない。
とはいえ、この出張は綾樹にとってもつかの間の気分転換にはなったようだ。
ーーそんな昨夜のやり取りが、ぼんやりと微睡む記憶にふわっと蘇る。
落成式は午前11時からだ。時計を見ればまだ時間は7時過ぎ。
(もう少し眠れる……。あとで綾樹を起こさないと)
その綾樹は、業務においては正確性と完璧さを求めるが、朝は少し寝坊する癖がある。めったなことで遅刻はしないものの、毎朝綾樹のケータイにモーニングコールをするのが桜井の日課だ。
綾樹は桜井の上司であり、また気のおけない友人でもある。
そして、桜井にとっては、長年胸を焦がす片想いの相手だ。先日、その恋は派手に砕けたものの、桜井自身はまだ綾樹のことを諦められない。
今はじっと胸の中で燃え狂う恋情を抑え込んでいる。
いつか、綾樹と結ばれる日が来るかも知れない。
「いつか」――それが「いつ」かはわからないし、その日なんて来ないかもしれなくても、明るい希望を待つこと自体は悪いことじゃない。
でもささやかな幸せは欲しい。
綾樹と一緒に仕事をして、彼のサポートをすることが、今の桜井にとって何より幸せなことなのだ。会社を守る法務部の弁護士として。
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