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外から入ってきたのか、はたまた体育館のどこかで機をうかがっていたのか、そこまで俺は知らない。気が付いたときには、すたすたすた、となっていた。
――見目麗しい。
そうすべての男子を代弁しても苦情はこまい。怒ったように口元を一本に結んでいるが、目に涼しさがある。長く揺れるその黒髪は緑と評して相違ない。さらにこれだけの衆目を集めても顔色を変えない様子に威厳すら感じられた。
彼女はある生徒の前で足を止めたが、座っているものだから相手の姿形まではわからない。会場の緊張がピークに達したそのとき、彼女が両腕を振り上げる。
その手には真っ赤なカラーバットが握られていた。
小学生がゴムボールで野球をするときに使うあれだ。グリップにはビニルテープが巻かれていてプラスチックでできていて青やら緑やらのカラーバリエーションもあった気がする。スポーツ用品店というより、おもちゃ屋で多く売られているソレ。
そのソレが彼女によって大上段に構えられ、その場を縫い付けた。緊張は最高潮に達した。
「ミズノさんだ」
「ミズノか」
「ミズノ先輩」
彼女をそう呼ぶ声がざわざわと周りで聞こえはじめる。
そして、
すこぁーん!
と、間抜けな音が天井高く響いた。
完全なる緩和である。
途端、笑いこそこみ上げてこなかったものの、俺の内からは得も言われぬ感情がこみ上げてきて、気分を良くさせた。
なんだこいつ! ってさ。
立て続けにスコン、パコン、と音が聞こえてくる。それはもう横殴りであったり袈裟懸けであったりしたはずだが、回りが立ち上がり始めたせいで俺の位置からは見えなくなっていた。
あたりは騒然となる。登場からもう何分にも感じられた。しかしまあ、教師が止めに入らなかったということはほんの数秒の出来事だったのかも知れない。
しばらくしてからカラーバットを放り出したカラカラという音がして、彼女はその場になんの頓着もせずに壁に向かい、紅白幕を暖簾のようにくぐって体育館を出て行った。
とにかく静かにするように、と先生がマイクで何度も呼びかけた。全然平凡じゃない入学式になってしまった。
騒ぎの張本人、彼女はその名を御角燈といった。
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