緊張と緩和

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 曰く、  ――宮高の魔女。  ――宮高公安部。  ――ひとりCIA。  他にも女武士とか西太后とか、とにかく威勢の良い異名が多くつけられていた。しかしながら俺の一番のお気に入りはこれだ。  ――パーマン。  これもいわゆる緊張と緩和というやつなのだろう。あの凛々しくすら感じられた器量とのギャップがたまらなくウケる。  どうやらカラーバットで小突かれたなんとかいう三年の先輩は近隣では有名な色男で、女たらしとしても名を馳せていたということだ。そんな色男の先輩が女子に殴られたなんて、普通であれば痴話喧嘩しか頭に浮かんではこないのだけれど、御角燈はそのような凡人めいたトラブルは抱えない。彼女の異名の数々を思い出してみればその共通点に気づくはずだ。  あるときは校門にたむろする他校生を追い払い、あるときは態度のでかい柔道部に立ちはだかり、あるときは机を窓から放り投げられたイジメられっ子のために相手の机と椅子とカバンを放り投げスニーカーを避雷針に引っかけた。  東に図書室の本を返さない輩あれば夜討ち朝駆けで回収し、西に虐げられる映画部あれば虐げるバレーボール部のネットが縫い付けられ、南に万引きを強要される生徒あれば翌日強要した生徒の自宅にタチの悪い盗難外車が乗り捨てられ、北に金をタカられる生徒あればタカっている奴とその一部始終が動画となって職員室へ届けられる。  おわかりだろうか?  件の色男たる彼は学内でも三角どころか四角五角六角七角と女性関係を広げてゆき、三角だったらトラブルは絶えないが多角形が円に近づけば近づくほど上手く転がりはじめる、などという芸人の持ちネタのような生活態度を貫き、ついには中等科にその餌場を求めた。  しかしながら純真無垢な女子中学生に対して百戦錬磨の三十八角形である(知らんけど)。端から見たら危うい関係そのもので、これを止めようと立ち上がる者がいても何ら不思議ではない。そして彼女は実行に移した。  そう、  つまり彼女は事実として、正義の味方なのである。
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