案ずるよりも産むが易し

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案ずるよりも産むが易し

 ことわざなど、古くから今まで残っている言葉に感心することなどないだろうか。  歴史というフィルタにかけられてなお残る言葉は伊達じゃない。俺が本当に頻繁に思いだすのは「案ずるより産むが易し」ってあれだ。  御角燈と俺との邂逅もこのことわざを思い出すに充分なものだった。本来出会うつもりもなかったのに、出会ってはいけない場所で出会ってしまったのだ。彼女の性質をおぼろげに耳にしていたものだから、なおさらびびったね。  これはまずいことになった、と。 「コーヒー、と書いてあるこれ。もちろん種類なんてないわよね」  彼女が俺に対して発した記念すべき一言目。  俺は無意味に甲高い声を出して、はい、と応じた。声なんか変えたってどうしようもないのにね。  でもよく考えてみて欲しい。  学園の寮に入っている俺にとって、校則とは鎖よりも硬い拘束なのだ。しかしながら放課後は部活動に精を出すこともなく、絶対禁止といわれているアルバイトに手を出してしまっているのだ。目の前にCIAなんてあだ名される先輩が現れたんだから、声のひとつも変えてみたくなるじゃないか。 「冗談でもなんでもなく、そこいらの泥水を掬ってきてはいないでしょうね」  彼女は俺の淹れたコーヒーを口に含んだ直後、そのようなことを言った。 「ははは」とんでもない。  バイト先の喫茶店はガラスにスモークが貼られ、入り口の看板には〝ワンドリンク制・珈琲六百円~〟などと書いてあり、とてもカタギの少女が入店してきて良い雰囲気ではない。そもそも喫茶店のくせに入場料よろしくクソ高いコーヒー代を要求するのだから好き好んで入る理由もない。入ってみたらコーヒーは七百円だし詐欺的とも言える。  ここの店長というかマスターというか実質的経営者の男には初日以降会っていない。なかなか適当な性格をしているようで、身分証明書として学生証を見せたらすぐに雇ってくれた。やかましいこともなにも言わない。彼の教えたことは非常にシンプルで、頼まれたメニュを冷蔵庫から出してそこの食器で提供すればいい。コーヒーだけは淹れなきゃならないが、三杯分くらいは豆とフィルターを使い回して良い、とかヤクザな経営方針を躊躇なく俺に暴露した。
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