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客は、大宮前高校の大正義たる御角燈だ。これから先もこの楽なバイトを続けようと思うなら、まかり間違っても気に入られちゃならない。ウェイターのバイトをしている目の前の男が自分と同じ学校の生徒だなんて知れたら、看過してはくれないだろう。この店に通われでもしたらいつか身の破綻を呼び込むに決まっている。
こんな喫茶店二度と来るか、と捨て台詞を吐かれるくらいが良い。
だから、俺が彼女に提供したコーヒーは掟破りの使い回し四杯目だ。
地域によっては泥水の方が味わい深いかも知れない。
「たしか食土文化っていうものも世界のあちらこちらで確認されていたわね。中南米のあたりだったかしら、土のクッキーで話題になったのは。このお店はそういった類のコンセプトなのかしら」
まるで刑事の尋問のように(受けたことはないけど)、俺へ向けて彼女は言う。
「へー、おじさんくさいお店かなあと思ってはいましたけど、割とハイカラなんですねっ」
彼女には嫌味を解さないツレがいた。
制服から察するにウチの学校の中等科女子であろうと思われる。つまりは後輩ちゃんだ。
「そういう意味じゃないのよ、マサミチ」
「燈先輩、人前では名前で呼ばないでくださいと言ってるじゃないですか!」
「あら、美しい名前なんだから自信を持って良いのに」
マサミチと呼ばれた女子中学生は口を尖らせて反抗の意を示した。いわゆるふて腐れというやつだ。
驚きという感情を数値化できるなら、御角燈よかよっぽど上をいったのがこの後輩ちゃんだ。どの角度から見ても幼い表情を浮かべてこの店に入ってきたとき、彼女はひとりだった。L字型の店内で一角を占めるおじさんたちも、入り口に現れたこの女子中学生の方を向いてぎょっとした。人間ならざるものでも見たようにね。この店でそんなに若い女が来るなんていう状況は想定されていない。
俺は間違いが起こらないようにおじさんたちとは真反対の奥に席を確保してやったら、この子は身体に似合わない大きなリュックからノート型のパソコン端末を取り出してばちばちとキーを叩きはじめたのだ。店を間違えてやしないか、と声をかけてやるべきか少し悩んだ。こんな所で仕事をこなしてみせたって格好なんかつきやしない。
そして遅れて現れた御角燈――。
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