冷凍庫とわたし

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Kino.Q(https://kinoq.theshop.jp/)の商品『自分だけの小さなお話ルーレット』(たくさんのカードから4枚のカードを引くと一行の物語になる)より、 「きのうの夜明けごろ ちいさいおうちで 思いやりの心を 冷凍庫に入れました」 という一行の物語を、ふくらませて、もう少し長い物語を作ってみました。    冷凍庫とわたし  昨日の夜明け頃、小さいおうちで、思いやりの心を、冷凍庫に入れました。  冷凍庫に入れた思いやりの心はこれで六つになりました。  でも今回の心は他のものとは違います。一昨日の夜、思わぬかたちで手に入ったものなのです。  その夜わたしは仕事で、町外れの洋館まで行っていました。仕事は予想よりも長引き、洋館を後にした時にはすでに、その日のバスが終わっていました。  仕方なくわたしは、歩いて帰ることにしました。  町の灯りは遠くに見えていたので、道に迷うことはありませんが、月もなく、周りは黒々とした木々に囲まれていたため、真っ暗でした。何かにぶつからないように、何かを踏まないように、転ばないように、気をつけながらゆっくりと歩きます。  長袖を着ていたせいか、すぐには気づきませんでしたが、ほんの少し、雨が降っているようでした。糸のような細い雨が時々頬に当たります。わたしは、仕事道具の入った小さな鞄を胸の前に抱えると、足を速めました。  風はなく、雨も音を発するほどの強さではなかったため、聞こえるのは自分の静かな足音だけでした。  でもある時、もう一つの音が聞こえてくることに気づきました。  最初は気のせいかと思いました。だって、こんな真夜中に林道を歩いている人なんて、いるわけがありません。夜は、森だって眠る時間なのですから。  でも、その音は少しずつ大きくなっていったのです。だからそれが、自分以外の足音だと認めざるを得なくなってしまいました。  わたしと同じように仕事で遅くなって、町へと帰る人なら、一緒に歩くのもいいかもしれません。でも、もし盗賊のような悪い人なら、どうしましょう。  どんどん大きくなる足音が恐くて、振り返ることもできません。いっそ雨がもっと強く降って、音も、わたしの輪郭も曖昧にしてくれたらいいのに。そんなことを思いながら歩きました。その時です。
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