冷凍庫とわたし

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 依頼されて採取した涙は、コルク瓶に入れ、冷凍庫にしまいます。冷凍庫に入れてしばらく経つと、涙は自然と結晶化されます。結晶の形はひとつとして同じものはありませんし、涙が結晶になる時間も、涙ごとに違います。正確なところはわかりませんが、涙に込められた想いの深さと、結晶までにかかる時間は比例するような気がしています。  結晶になった涙は、依頼人へ届けます。結晶を手元に置き、眺めていると、心の底が穏やかになるのだそうです。だから仕事の依頼は、尽きることがありません。この仕事をしている人が、他にどれほどいるかはわかりません。でも、なぜか、わたしが涙を採取して冷凍庫に保存すると、美しい結晶になるのです。だから続けています。なんの才能もありませんが、もしかしてこれが、世界の端っこに居させてもらえているわたしの、存在理由なのかもしれません。でも、冷凍庫を使いすぎているせいか、わたし自身の心の底が冷えて、静かになっていくような気がしていました。  そんななか、ある時わたしは、町で拾った思いやりの心も、冷凍庫に入れてみようと思い立ちました。冷凍庫は不思議な箱です。涙が美しい結晶になるのですから、報われなかった思いやりの心も、何か別の美しいものになるのではないかと思ったのです。そう思ってこれまで五つの思いやりの心を入れてみましたが、特に変化は見えませんでした。  でも今日手に入れた六つめの思いやりの心は、これまでのものとは違います。見知らぬ誰かの思いやりの心ではなく、わたしが初めていただいた、わたし宛ての思いやりの心なのです。手のひらに置いているだけで、冷えた指先に血が通い、その温かさがわたしの中を巡っていくような心地がしました。  どうして、このような心地を忘れたり、捨てたりすることができるでしょうか。こんなに愛おしい、思いやりの心を。  わたしは、今まで冷凍庫に入れた拾い物の思いやりの心も、これまで以上に愛おしく感じました。黒い石のようになってしまった思いやりの心たちに輝きを取り戻す術は知りませんが、わたしにできる唯一のことを信じてやり続けようと、改めて思いました。
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