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「おはよう、父さん。母さん」
「……ヴぉおおぉぉあぁぁぁ……」
両親は一瞬動きを止めたけど、そのまま何事もなかったかのようにリビングへと歩いてゆく。絞ったタオルを伸ばして壁に掛けた僕は、その後ろを同じスピードで歩いた。
田中先生の「レヴナントはゾンビ化に対抗する何らかのDNAをもつ人間」だと言う仮説を僕は眉唾だと思っている。
でなければ、DNA的に近いはずの家族の中で、僕だけがレヴナントになり、両親がゾンビ化しているのはおかしいからだ。
それでも、僕はいつか両親が意識を回復して、レヴナントになってくれるかもしれないと言う淡い希望を持っていた。
以前は僕の父と母だったゾンビは、今日も一日中リビングの中でずっと立ち尽すのだろう。
生前の両親は喧嘩をするわけでもなく、取り立てて仲が良い訳でもなかった。お互いがそこに居るのを当たり前のように、もっと言えば居ても居なくても構わないようにふるまい、最低限の会話を交わし、別々の部屋で眠る。そんなよくある熟年夫婦だったと思う。
僕が中学生になった7~8年前まではそんなじゃなかった気もするけど、よく覚えていない。
そんな2人がゾンビになった今、同じ部屋で夜を過ごし、リビングで低いうなり声をあげながら昼を過ごしているのは少し不思議だった。
もしかしたら一番幸せだったころの記憶をたどっているのかもしれない。
「いってきます」
リビングの定位置に立ち尽くす両親を確認すると、僕は玄関にかけてあるジャケットを羽織り家を出た。
今日も天気がいい。もともと鹿翅島の秋は晴天が多いのだけれど、今年は特にそうだ。
キンモクセイの香りが3軒向こうの井上さんの家の庭から漂い、僕は深呼吸をしてその香りを楽しんだ。
レヴナントになってからは呼吸を意識的に行っている。ふと気が付くと、僕は自分が呼吸をしていないことに気が付くからだ。
呼吸をしていなくても死なない。いや、もう死んでいるから呼吸を必要としない。
その現実はとても恐ろしく、僕のゆっくりと動く心臓を締め付けた。
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