0人が本棚に入れています
本棚に追加
不安な気持ちを振り払い、僕は自分の体の隅々にまで気配りを行きわたらせながら、細心の注意を払って散歩をする。
普通の人間が、のんびりと散歩を楽しむように。
足をゆっくりと前へと進め、バランスをとるために腕を振り、同時に自然な呼吸で肺に空気を満たす。虚ろになりがちな視線を自然に周囲の風景へと向け、見えた景色と古い記憶を意味もなく結びつけながら想像をする。新しいスニーカーがアスファルトの上の砂を刻む音を楽しみながら、その規則正しいリズムに合った音楽を脳内でリピートする。
人間だったころには何気なく行っていた行為。
それが出来ることを一つ一つ確認して、僕はまだゾンビではないと自分の中で結論付けてゆく。今はそれだけが僕の心の均衡を保ってくれていた。
「おい! 俺のかっこいいとこ見てろよ!」
突然交差点の向こうから若い男性の声が辺りに響く。
周囲をふらふらと歩いていたゾンビたちが方向を変え、音のした方へと集まり始めた。
その間にも、塀の陰に隠れて見えない交差点の向こうからは、以前よく聞いた「人間がゾンビを何か鈍器のようなもので叩き潰す音」が何度も続く。
僕は近くの家へと勝手に入り込み、その音から逃れた。
また、ゲーム感覚でゾンビを殺しに来た人間だろう。
駅前やフェリーふ頭と違って、この古い住宅地ではあまり見ないのだが、それでも、時々獲物を求めた人間が侵入してくることはある。
彼らから見れば僕の外見はゾンビそのものだ。わざわざ殺される危険を冒してまでコンタクトをとる必要もないだろう。
それでも僕は好奇心に導かれて物陰を移動すると、穴の開いたコンクリートブロックの隙間から、その人間たちを覗き見た。
最初のコメントを投稿しよう!