Shake Hands

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Shake Hands

 戦場の喧噪も、銃声も怒号も、二人の耳にはもう入らなかった。 「どうして…?」  恭平は尋ねた。  鉄次郎は、質問には答えなかった。代わりに、 「最期に会えて、よかったよ」  と言った。  鉄次郎に突きつけられているのは、自ら腹を斬るか、かつての友にこの身を委ね獄に入るか、の二者択一。三つ目の選択肢として、目の前の男を斬ってこの場を去るという道もある。むしろ、鉄次郎はここまでその第三の選択肢を選び続けて戦場の中を突き進んできた。  だが、恭平を前にした鉄次郎は最初で最後の選択肢を取る。もう迷いはなかった。  すべてを捨てて、死に場所を求めて、ここに来た。  恭平は悲しそうな目をしていたが、鉄次郎の気持ちはわかっていた。故にその手は、腰の刀を抜かんとしている。 「いいよ、恭ちゃん」鉄次郎は自分の刀を握る手に力を込めた。 「俺は、侍だ。侍の誇りは、それだけは唯一捨てないさ。……介錯を頼めるか」 「鉄っちゃん」  恭平はかつてそうしていたように鉄次郎の名を呼んだ。その声は、震えていた。 「ごめん、ごめんね、おれがあの時……」 「何で恭ちゃんが謝るんだよ。俺は、後悔はしてない。ほら、早くしろよ」  恭平は刀を抜いた。警察官にだけ帯びることを許された前時代の武器が日の光を受けてきらめく。  鉄次郎は自分の刀を持ち、自らの腹へと向けた。帯びることを禁じられ、一度は取り上げられたものの、やろうと思えば裏の手段でいくらでもまだ手に入った、侍の魂である。  鉄次郎は腹へと向けた刀をそのまま突き立て、一文字に裂いた。 「恭ちゃん……」  友の名を呼ぶ。恭平は、自らの刃で友の首を斬って落とした。
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