第三章 一日千秋

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 受話口を耳に近づけ、静かに息を吸う。  言葉を発する前に「潤さん」と呼ばれた。そうだ、彼はこんなふうに優しい声だった。一ヶ月ぶりに聴く心地よい音を噛みしめながら、潤は「はい」と吐息のような返事をした。  ふふ、と柔らかな笑い声が返ってくる。 『お久しぶりです』 「は、はい……お元気でしたか、先生」 『うん。まあまあかな。潤さんは?』 「私も、まあまあです」  互いに曖昧に答え、くすりと笑い合うと、藤田が話を切り出した。 『あなたのことですから、僕の感想をお世辞だと思っているんじゃないかと思いまして』 「い、いえ、そんな……。でも美しくはないと思います」 『ははは、ほらね。だからどうしてもお伝えしたくて電話しました』  愉快げな声。一瞬の沈黙のあと、藤田はこう続けた。
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