第二章 雪泥鴻爪

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 まだ帰りたくない、もっと話していたい――そう口に出してしまえる無邪気な子供ならどんなにいいか。落ちてくる雪に目を細めながら夜空を見上げる藤田を見つめ、潤は唇をひらいた。 「そうですね。帰ります」  顔を上げ、藤田の向こうにそびえ立つ白緑の竹を視線で辿る。 「帰らないと……」  もう一度、自分に言い聞かせるように呟く。  雪が次々と視界を襲ってきて思わず睫毛を伏せたとき、目の前にある長身が一歩こちらに近づき、ポケットから手を出した。 「その前に落としておきましょうね」  静かに言った藤田が手を上げる。潤の頭を覆うほどの大きなそれは、髪についた雪をそっと払った。 「あ……」 「今日は髪がしっかり纏まっていますね」 「は、はい。少しでも乱れると清潔感が損なわれるので。着付けも綺麗にしなければならないし」  平静を装って答えると、藤田が思い出したように「ああ」と声をあげた。 「潤さんの着物姿、もう少し見ていたかったな。とても美しくて、僕は卒倒しそうでした」  さらりと、なんの躊躇もなく、彼は冗談のような称賛を口にした。
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