第二章 雪泥鴻爪

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 小道を無言で進んでいく大きな背中について歩き散策路を出ると、近くにある狭い駐車場に辿り着いた。  街灯の光が浮かび上がらせているのは、フロントと屋根に薄雪を乗せている黒のSUV。  助手席のドアを開けて待つ藤田の目を見て、潤は一瞬足を踏み出すのをためらった。  今から書道をしにいく。それだけだ。ほかになにを期待しているわけでも、なにを恐れているわけでもない。  一時間ほどで帰れば十時までには家に着くだろう。夫が帰るころには軽い夜食と風呂を済ませ、すでに寝床についている。そう心に言い聞かせ、潤は藤田に礼を言って助手席に乗った。 「ちょうど今日、潤さんに臨書してもらう手本を選んでいたんです」  車が発進すると、隣でステアリングを握る藤田が言った。 「臨書……あっ、はい」  あの日に言われたことは単なる美辞麗句だろうとどこかで思っていた潤は、その話題に自然な反応を返すことができなかった。それを悟ったのか藤田がくすりと息を漏らした。
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